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ヒロシマ復興の歴史 世界へ★カンボジア孤児院の子供たちにヒロシマの復興の歴史を伝えたい!

みなさま、こんにちは。
ピンク社長こと多田多延子です。

昨日、カンボジアの孤児院くっくまの子供たちに
原爆資料館をご案内致しました。

一言一句、耳を傾け、一生懸命学ぼうとする子供達。

一瞬で、たくさんの命を無差別に奪った
核兵器の恐ろしさをしっかりと学んでくれました。

そして、廃墟の中から、復興したヒロシマを見て
どう感じたのかを子供たちと話し合いました。

子供たちは、「あまりに整備されている街に驚いた
        「広島は美しい街です」と答えてくれました。

そして、私は質問を続けました。
「誰がこの街を復興したのでしょうか

子供たちは、「政府」と答えました。

カンボジアではきっと、国を愛する、
政府を信頼する教育がなされているんだなと感じました。

私は、「もちろん、政府もだけど、
ここに住む人たち一人ひとりが
前を向いて生きたからこそ、こんなに美しい街になったんだよ」と
話しました。

そして、「だから、カンボジアも必ず素晴らしい国になります
と子供たちに伝えました。

その時の子供たちのキラキラ輝く瞳が印象的でした。

私は高校生の時、国内外の高校生に
原爆資料館のご案内をしながら、
「ヒロシマの復興を通じて、
世界中に勇気と希望を伝えたい」
という
願いを持ちました。

30年経った今年7月に
沢山の素晴らしいご縁のお陰で
漫画「キセキのヒロシマ」を出版させて頂きました。

そして、出版を通じて新しいご縁が生まれ
この度のカンボジア孤児院の子供たちへ
ヒロシマの復興への想いを伝えることが出来ました。

来年被爆70年を迎えるヒロシマの新しいカタチが
一歩づつ前進しています。

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子供たちからお礼の横断幕を頂きました。

「たえちゃんありがとう」のメッセージが入っていて
嬉しくて、胸がいっぱいになりました。

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くっくま孤児院
2008年から、カンボジアの孤児院で育った踊りの先生たちが、
かつての自分たちと同じ境遇の孤児の子どもたちを集めて
孤児院を始めました。
ですが、当時24人いた子どもたちの食費を捻出することも
困難になり、孤児院解散の窮地に追い込まれていました。

そこで、踊りの先生たちの頑張りを応援したい、
素直で元気いっぱいな子どもたちを応援したいと思い、
2010年よりMAKE THE HEAVEN Cambodiaの孤児院として、
先生たちと共同運営を開始しました。現在22人の子ども達と、
踊りの先生3人とスタッフ5人で、一緒に生活しています。

いろんな環境で育ってきた子どもたちは、
くっくま孤児院で、毎日ご飯が食べられ
毎日水浴びが出来て、毎日学校に通えて、
毎日寝る場所がある。
そんな当たり前の事に心から幸せを感じ、
日々笑顔で楽しく生活しています。
その笑顔は、施設を訪れたみんなを幸せにしてくれています。

元気で素直で優しい子どもたちと、
その子どもたちを愛して一生懸命運営している
カンボジア人の大人たち、ここは素敵な笑顔があふれています。
沢山の日本人の応援により、
その日を生きることが全てだった人生に、
将来の「夢」を描くことが出来、沢山の温もりを教えてくれる
素直な子どもたちに育っています。


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